MENU CLOSE

話題

なぜ息子はキャンディ1個で命を絶ったのか 父に残された「宿題」

校内でお菓子を食べたことへの反省文に書かれていたのは、「罪をつぐなう」という不釣り合いに重い言葉でした。
校内でお菓子を食べたことへの反省文に書かれていたのは、「罪をつぐなう」という不釣り合いに重い言葉でした。 出典: 大貫隆志さん提供

目次

学校でキャンディを食べたことをとがめられ、我が子は命を絶った――。子どもが教師などから「不適切な指導」を受けた結果、自ら命を絶つことを「指導死」といいます。この言葉が広まった大きなきっかけのひとつが、10年前に出版された、ある本でした。著者のひとりで、我が子を指導死で亡くした大貫隆志さん(66)は「指導死を生む土壌は、今も変わっていない」と語ります。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)

【PR】聞こえない人たちが導いてくれた手話の世界~フリーで活躍する手話通訳士

息子に死を選ばせたきっかけは「キャンディ1個」

「たくさんバカなことをして、もうたえきれません」「じゃあね ごめんなさい」

殴り書きのような乱れた文字が、ノートに残されていました。

大貫さんの次男、中学2年の陵平さん(当時13歳)が自宅マンションから飛び降りて命を絶ったのは、2000年9月30日土曜日の夜のことでした。

陵平さんの遺書は普段とは違う、大きく乱れた字で書かれていたといいます。
陵平さんの遺書は普段とは違う、大きく乱れた字で書かれていたといいます。 出典: 大貫隆志さん提供

直前まで、家族とテレビを見ていた陵平さんの様子が一変したのは、午後9時過ぎにかかってきた1本の電話がきっかけでした。

電話は学校の担任からで、母親が出ると、こんな話をされました。

29日に陵平さんを含む複数の生徒が、学校でソフトキャンディを食べたとして「指導」を受けていたこと。
他に不要物を学校に持ってきていないか調べたところ、ライターを持ってきた生徒がいることがわかり、それに陵平さんの名前も出ていること。
来週、親を学校に呼び出すことになっていること。

「学校でお菓子食べたんだって」
「うん、ごめんなさい」
「ライターを持っていったの?」
「ごめんなさい」

そんな会話を母親とした後、陵平さんはショックを受けている様子でした。
リビングと自室とを行ったり来たりして落ち着かない様子だったそうです。

「どすん」という大きな音がしたのは、それから40分後のことでした。

なにがあったのかを知りたい

担任からの電話の前に書かれたとみられる「反省文」は丁寧な字でした。

「ハイチューをもらって食べてしまいました」「ライターを持ってきたのは僕です」
「今後どのように罪をつぐなうか考えた結果(中略)クラス、学年の役に立てるようがんばります」

陵平さんの反省文には、同級生からお菓子をもらったことに対して「罪をつぐなう」など、不釣り合いに重たい言葉が並びます。
陵平さんの反省文には、同級生からお菓子をもらったことに対して「罪をつぐなう」など、不釣り合いに重たい言葉が並びます。 出典: 大貫隆志さん提供

お菓子を食べたり、不要物を持っていったりしたことに対する指導と、それを苦にした自殺。
当初、大貫さんの脳裏には「そんなことで命を絶ってしまうなんて」「なんてバカなことをしてしまったんだ」という思いが浮かんだといいます。

しかし、学校ではクラスや委員会の仕事でリーダー役を任されることも多かったという陵平さん。

家族との思い出では、土ぼこりで顔を真っ黒にしながら走ったオフロードのバイクレース。残雪の中、大きな荷物を背負いながら登った北アルプスの山々。明るく、負けず嫌いな性格でした。

山登りの途中、見つけたキノコを指さす陵平さん
山登りの途中、見つけたキノコを指さす陵平さん 出典: 大貫隆志さん提供

「陵平は簡単に死を選ぶような子じゃない。そんな子でも耐えられないほどのなにかがあったに違いない」

耳を疑った担任の言葉

当初、お菓子を食べたとして呼び出された生徒は9人。12人の教師が「指導」にあたったといいます。

「他に食べた子はいないのか」「お菓子の数と食べた生徒の数が合わない」

「聞き取り」の結果、名前が挙がった生徒が次々に呼び出され、最終的には21人が「指導」を受けました。

1時間半以上に及ぶ「指導」で何があったのか。不適切な指導はなかったのか。

「陵平の身に本当はなにがあったのかを知りたい」と学校側に働きかけましたが、大貫さんは「学校側の対応は、隠蔽や時間稼ぎに感じられるようなものが多かった」と振り返ります。

臨時の全校集会の後、担任からは「学校やクラスで何かあったのでしょうか」と問われ、耳を疑いました。

「それを聞きたいのは私です」

非を認めぬ学校、進まぬ調査

陵平さんの死が、市議会や報道で取り上げられるようになっても、状況は変わりませんでした。

教育委員会側は「指導に問題はない」「生徒を追い詰めてはいない」と繰り返すばかり。

その根拠は教師への聞き取りのみで、「指導」を受けた生徒たちへの聞き取りは行われていませんでした。

それどころか、PTA関係者などから大貫さんへ「学校がとった処置は正しい」「なぜマスコミを使うのか」といったバッシングまで浴びせられるようになりました。

陵平さんの死が朝日新聞で最初に取り上げられたのは、2000年10月2日付の埼玉県版でした
陵平さんの死が朝日新聞で最初に取り上げられたのは、2000年10月2日付の埼玉県版でした 出典: 朝日新聞社

事実を明らかにするには、裁判に訴えるしかない。
しかし、裁判に必要な情報を集めようにも、学校側は応じません。

「生徒と会う段取りをつけてくれれば、後は何とかしますから」

弁護士からは生徒たちの証言を集めるよう助言されましたが、聞き取りの依頼をすることはできませんでした。大貫さんは「証言したと分かれば、どんな目にあうか分からない。当時の地域の圧力には大変なものがありました」と話します。

最終的には訴訟を断念せざるをえませんでした。

支配するという発想 いじめと同じ構図

自身と同じように、学校での生徒指導によって我が子を亡くした親たちの手記をまとめ、大貫さんが『「指導死」 追い詰められ、死を選んだ七人のこどもたち。』(高文研)を出版したのが2013年。陵平さんの死から13年もの月日が流れていました。

ちょうどこの年、大阪桜宮高校で体罰による生徒の自殺が大きな問題になりました。

その影響で、体罰だけでなく、指導死にも注目が集まりました。

「指導死」では、まるで警察の取り調べのような長時間に渡る「指導」や、大人同士で使えばトラブルになりかねないような人格を否定する厳しい言葉があります。

学校現場の「指導」の実態が知られることで、それまで「自殺したのはその子が弱いからだ」「学校の規則を破った方が悪い」などとみなされがちだった指導死への理解が少しずつ広がっていきました。

陵平さんが亡くなってから約半年後の2001年3月26日、朝日新聞朝刊の教育面に掲載された大貫さんの手記に関する記事。当時はまだ、指導死という言葉はありませんでした。
陵平さんが亡くなってから約半年後の2001年3月26日、朝日新聞朝刊の教育面に掲載された大貫さんの手記に関する記事。当時はまだ、指導死という言葉はありませんでした。 出典: 朝日新聞社

教育評論家の武田ちさ子さんのまとめによると、1952年から2022年の間に、把握できたものだけでも129件の指導死があったとされています(うち16件は未遂)。

大貫さんはこれらは氷山の一角でしかなく、実際にはもっと多くの指導死があったのではないかと見ています。

「生徒を一人の人間として尊重して話し合うのではなく、力で管理し、懲罰を加えて支配しようという発想が問題の根底にある」と大貫さんは語ります。

指導死にまつわる「生徒のためを思ってした指導だった」という学校側の釈明や、「学校のルールを破った生徒が悪い」という被害者へのバッシング。大貫さんはこの構図を、加害者が「遊びのつもりだった」と言い訳をしたり、「いじめられる方にも原因がある」とされてしまったりする、いじめとも似ていると指摘します

「いじめへの対応では行為の中身だけでなく、それを被害者がどう感じたかを重視します。ところが、教師による『指導』には、それを受けた生徒がどう感じるかという視点が欠けている。それが指導死を招く要因の一つになっている」と大貫さんは訴えます。

残された「宿題」

本の出版から10年が経ち、陵平さんの死から23年を迎えます。

大貫さんは2017年に一般社団法人「ここから未来」を立ち上げ、学校での指導死やいじめ、体罰などをなくすための調査・研究を続けています。

今、学校では部活動の地域移行が進められ、教師以外の大人が「外部指導者」として子どもたちに接する機会も増えています。

しかし、朝日新聞が22年12月から23年1月にかけて都道府県と政令指定市、県庁所在市の計98教育委員会に実施した調査では、外部指導者に参加義務のある体罰防止研修を実施している教育委員会は4分の1ほどしかありませんでした。

大貫さんは指導死や体罰、いじめなどを無くすため、今も調査や研究、講演活動などを続けています。
大貫さんは指導死や体罰、いじめなどを無くすため、今も調査や研究、講演活動などを続けています。 出典: 大貫隆志さん提供

「あれだけ問題になった体罰防止ですら、まだ不十分な現状がある。指導死を防ぐ取り組みはまだまだこれからです」と大貫さんは話します。

「学校を、子どもが安心して通える場所にすること」

大貫さんはそれが、陵平さんが自身に残した「宿題」だと考えています。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます